神社について


由 緒
新編武蔵風土記稿
(江戸時代後期幕府により編纂)には、
「八幡社、字木倉谷戸にあり、勧請の年代を知らず。
村の総鎮守なり、社上に覆屋を設く、
大きさ二間半四方にて東向きなり、
ご神体は長さ五寸ばかり。社前に鳥居立つ、
例祭7月28日、獅子舞を執行す、
弘福寺の持ち」とあります。

皇国地誌(明治12年頃編纂)に、
「金井八幡社祭神応神天皇勧請年月詳ならず
例祭八月二十八日社地中老松三株あり、
四百有余年のものなり」とあり、
室町時代初期には存在していたと思われます。
神体は白馬に跨る応神天皇で享保11年(1727)
仏師佐野木丞の作。
本殿厨子は文政11年(1829)仏師田村幸左衛門の作。
また古獅子頭3体も社宝として伝わっています。
現在の参道の石段は、寛延4年(1751)に講中の
普請で完成されました。
現社殿、神楽殿は境内の老松を使って昭和16年に
再建されました。







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